J1第3節 ガンバ大阪vs川崎フロンターレ【DAZN観戦】2022.3.6 

 中村憲剛の意志を観た。

 ラスト1プレーと言ってもよい川崎の攻撃はGKにキャッチされ、GKから大きくボールが蹴り出されれば、後は1分と間も無く試合は終了となり、2-1でガンバ大阪の勝利によって幕を閉じるところだった。その閉じかけた幕を上げて、ドラマの筋書きを書き換えた選手が現れます。川崎の小林選手です。それはダークヒーローそのものといった一幕でした。ガンバ大阪の選手はキーパーのパントキックに準備するため、守備陣はラインを上げ、中盤より前の選手は競り合いの準備のためセンターラインより向こうの川崎陣地へと向かいました。川崎の選手はあと何秒あるか分からないけれども、相手GKのパントキックを跳ね返して最後のシュートシーンを作ることに、一縷の望みを掛けて自陣守備位置に戻りました。ただ1人を除いては・・・。ガンバ大阪のGK石川選手は少しでも時間を稼ごうと、ボールを自分の前に転がして置き、大きく蹴り出そうと構えました。それを石川選手の真後ろで気配を殺し、視界に入らないように立ち位置も微調整しながら、狙っていたのが小林選手でした。GK石川選手の手からボールが離れるや否や、背後から掻っ攫うように、転がったボールをダミアン選手にバックパスし、ダミアン選手は無人のゴールに冷静にボールを送り込み、2-2の同点。石川選手は膝から崩れ落ちて地面に突っ伏し、小林選手は怒りの形相で自分のしたことにガッツポーズを取っていました。

 小林選手のこのヒールっぷりは初めて観ました。試合中にディフェンスとの駆け引きで相手を騙すことはよくありますが、汚いと言ってもよいこのようなプレーは観たことがありません。しかし、川崎の試合でこれと似たような場面を見たのは初めてではなく、そのイメージがすぐさま思い出されました。中村憲剛さんです。彼は何度か相手の虚をつき、ゴール前でボールを攫って、ゴールを決めています。その様はこの試合の小林選手がしたように、息を潜めて、気配を消して、相手が油断した瞬間に襲いかかっているものでした。中村憲剛さんは、今回の小林選手のような鬼の形相はせず、にこやかに照れ笑いしながらでしたが(笑)この中村憲剛さんのイメージがピッタリと先程の小林選手に重なりました。憑依したと言っても良いくらいに重なりました。

 私は小林選手の一連のシーンを観て、中村憲剛の意志はこういうところでも繋がれているなと身震いしました。中村憲剛さんからキャプテンマークを引き継いだのは小林選手で、川崎が初優勝を飾った時のキャプテンでした。小林選手には中村憲剛選手から受け継いでいる勝利への飢えがあるのでしょう。それがこの本当のラストプレーに繋がったのだと思います。

 ダミアン選手の得点後の石川選手への慰めも非常に印象的なことでした。喜んでもよいシーンですぐさま相手を思いやることができるダミアン選手の人柄が出ていたと思います。

 試合は2-2の引き分けで終了。DAZNのカメラが直後の鬼木監督を映していましたが、ベンチに座ったまま鬼木監督も怒りの表情をしていました。鬼木監督の一点を見つめたままあのような表情も珍しかったと思います。サポーター挨拶に向かい戻ってくる選手たちも表情が固かったです。この皆さんの表情からこの試合の内容が良くなかったことがとてもよく分かります。私も実際に観ていて、試合内容があまり良いものではなかったなと思っていました。

 浦和戦もそうでしたが、パスが合わないことが多かったと思います。しかもこの試合には家長選手がいなかった為、溜めの時間を作ることができず、前にも急いでいるように見え、パスが合わないことで余計に川崎ボールで保持する時間というものが短かったと思います。何故パスが合わないか。新加入選手もいるので、その分合わないこともあるとは思いますが、今年川崎が取り組んでいるスピードの向上が影響している部分はとても大きいと思います。鬼木監督が単純なスピードだけではなく、判断するスピード・パススピード・ポジショニングのスピード、カウンターのスピード、全てのスピードを今年は上げていきたいと目指しています。ですので、まだ発展途上にあるのは間違いないのですが、これがまだ上手くいっていないシーンが多々見られます。特にカウンターのスピード、攻めるスピードと言いましょうか、このスピードを意識し過ぎて引っ掛かってしまっているように感じています。シンプルに言いますと、早く攻めようとしてしまい、ポジショニングとパスが合わないことが多くなってしまっていると思いました。

 スピードを上げていく中でも、どのスピードを優先させるかということも私は大事だと思っています。パススピードが上がれば、川崎はさらに強くなれると思いますし、足元の技術に秀でているので、選手たちの意識次第でスピードが上がり易い部分なのかなと感じています。現に谷口選手からは意識的に強いパスが出されていて、以前と比べると全然違います。日頃から練習で取り組んでいるからこそ成せる業だと思いますので、他の選手も一つ一つのパスのスピードにこだわって欲しいなと思います。

 しかしこのパススピード以上にこだわって最優先させなければならないのは、判断するスピードです。判断は全ての行為に付随してくるものですから、非常に重要になってきます。判断には、攻めるのか落ち着かせるのかという判断も含まれてきますが、この試合では速く攻める為にどうするのか、どう速くカウンターをするか、という攻める前提から判断が始まってしまい、前掛かりになってしまっている印象を強く感じました。攻め急ぐとパスもラフになり、ポジショニングもズレてしまうことが多くなりますので、相手にボールを奪われて、なかなか攻撃のリズムを作り出すことができなくなってしまいます。

 また、判断にはディフェンス時の判断も当然含まれてきます。チェックに行くのか、一時的に引くのか、拾ったボールをクリアするのか、繋ぐのか、守備時の判断も質とスピードが求められます。試合後の鬼木監督の怒りはむしろこちらの判断が上手くいかなかったシーンに向けられていたような気がします。G大阪の2点目が生まれる前のシーンで、川崎は左サイドのハーフライン付近であまり良い状況ではなかったにも関わらず、無理矢理にボールを繋ごうとしていました。このボールをロストしたため、左サイドに攻められるスペースを空けてしまい、G大阪の小野瀬選手にそのスペースを使われてシュートまで行かれてしまいました。得点した直後に無理なポゼッションによる失点、これがとても勿体なかったと私も思います。得点した直後だから勢いに乗って取ったプレーとも言えましたが、判断としては良くなかったかなと思います。川崎のサッカーでは、守備時にボールを拾った時に、繋ぐのか蹴るのかの判断をすることが大事になってくるので、守備時の判断の質とスピードも今後伸ばしていかないといけないポイントだと思いました。

 

 こうして判断の速さやパスの強弱の話をしていると、また中村憲剛さんの姿が浮かんできます。この部分をとても大事にしていたのが、現役時代の中村憲剛選手でした。小林選手に見えたように、チームの選手全員から中村憲剛の意志を感じることができる日を楽しみに川崎のサッカーを見続けたいと思います。

G大阪、川崎の皆さん、勝点1ずつお疲れ様でした!次の試合も頑張って下さい!